純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 69/1000 畠山丑雄『地の底の記憶』

どうも、こんにちは。

 

今回は畠山丑雄『地の底の記憶』です。2015年文藝賞を受賞した本作。

 

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1.ざっくりあらすじ

平坦な特徴の少ない宇津茂平(うづもひら)という土地に潜む記憶をたどっていくというような物語。なにも娯楽のない宇津茂平には田舎に見られがちな尾ひれをつけた噂話が娯楽の一種として大人から子供にまで染み込んでいる。小学校高学年の晴男は、井内という痩せすぎのクラスメイトの女の子に友人との酒盛り見られたことをきっかけに親密になる。森にある水車小屋の近くで川遊びをしたときに見つけたラピスラズリから、二人は人形を妻と呼ぶ男、青田と知り合いになる。それをきっかけとして、この地に眠る古い記憶が、噂話を含む「お話」とともに蘇っていく。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

人の内面まである程度踏み込む三人称形式の文体。最初、すこし表現がくどいような硬いような気がした(特に小学生の井内までステレオタイプ的な女性の話し言葉を使うのは慣れなかった)が物語が進むと気にならなくなっていった。全体的に物語としての語りが多いが、描写に入ると密度もあり、手垢のついた表現がすくなく、作者に優れた文章能力があることがわかる。

(2)構成★★☆

作品冒頭のアリストテレスの話から橋からの落下、ラストの橋から落下まで、よく練られて作られているという印象をもった。メインの物語と土地にあった物語も調和している。だが、風呂敷が広すぎたのか、読者がどこに目を置いていいのか悩む状況も生まれそうである。

(3)論理★☆☆

土地の物語の設定もうまく作り込まれていて、現実にあったことなのでは、と錯覚をしそうなものも多い。一方で、主人公の晴男や井内が小学生という設定には初めから終わりまで違和感しかない。思考の深さや人との関わり方を見てもせめて中学生だろうと思われる。

(4)テーマ★★☆

人間に潜む弱さと狂気的な部分が変わらずに繰り返されることを長い歴史とともに描くことで表現したと思う。また、何もない田舎の閉塞感や世間の目をうわさ話と塔によって暗喩していると思う。マルケスの『百年の孤独』でも時間を描くことで変わらずに残る孤独を表現しているが、今作では風呂敷が大きすぎたため、若干ぶれが生じてしまっているようにも思える。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

物語に入り込んでいった中盤からは非常にのめり込んで読み進めていった。テーマも深く掘り下げているし、構成もうまく文体の力も活きていた。ただ、序盤の入り込みにくさと広すぎる風呂敷にまとまりきらなかった印象。序盤では論理であげた小学生設定と井内が晴男をライ麦畑のホールデンに見立てるシーンがいらないと思う。あまりに唐突だし、晴男はまったくホールデンらしくないのである。作品には入り込めたが主人公の晴男には入り込めなかった気がする。風呂敷について、田舎の生きにくさ、物語、愛、弱さ、戦争、狂気、と読者は目移りしてしまい、結局なにかわからなくなってしまうと思う。