純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 131/1000 本谷有希子『異類婚姻譚』

こんにちは。

今回は2013年に芥川賞を受賞した本谷有希子の『異類婚姻譚』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のサンちゃんは子無しの専業主婦で、家ではぐうたらした夫と二人で暮らしている。ある日、夫の顔が自分に似てきていることに気づき、奇妙に思う。日常を通じて夫は次第に自分とどんどん似てくる。ようやく夫に向き合うと、主人公自身、何もしたくなかったことがわかる。夫は欲望のまま芍薬の花になり、主人公は山に夫を植えにいく。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

一人称で非常に日常と近しい場面で描かれたリアリズムの文体。人物設定にリアリティがあり、比喩や考察で秀逸な細部が光る。後半で一気にリアリズムから飛躍していく。

(2)構成★★★

ほのぼのした日常から、夫と顔が似てくる、という一点の違和感がふくらみ、後半の幻想的な展開へつながっていく。導入部から設定のわかりやすさ、展開のうまさなど、脚本で活躍していた作者のうまさが出ている気がする。

(3)論理★★☆

後半に入るまでのリアリズムの積み重ねにより、ラストの怒涛の幻想的展開を納得させる力を持っている。

(4)テーマ★★★

何をもって個人を特定するか、存在論的な深みのあるテーマを身近な世界からうまく捉えているように思える。

 

3.総合評価と感想

★★★★☆

日常から非日常へ入り込む巧みさ、ストーリー展開の巧みさ、を強く感じる作品だった。テーマにも深みがあり、タイトルの不可思議さと内容の相性もよく、非常にうまい作品だと思った。

純文学1000本ノック 130/1000 黒田夏子『abサンゴ』

こんにちは。

今回は2013年に芥川賞を受賞した黒田夏子の『abサンゴ』です。

先に謝罪しておきたいですが、一読してみて現在の私にはよくわかりませんでした。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公が自らの幼い少女時代を思い出し、親や周囲の生活環境を感じとりながら、成長していく様を、ひらがなを多用して回想しながら描き出している。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

現在の主人公が過去の主人公を三人称的な視点で描いている。ひらがなが多用されており、日本の古典的な雰囲気や詩的な雰囲気を感じる部分も多いが、一読のかぎりでは読みにくいという感想につきる。

(2)構成★★☆

大まかには少女時代から、中年のことまで時系列に沿って書かれているような気がしたが、いかんせん文章がうまく頭に入ってこないので、読んでいる現在がいつなのか、不明なまま進んだ。

(3)論理★★☆

独特な文体をしているが、内容は私小説的な雰囲気で、とくに論理不足は感じなかった。

(4)テーマ★★☆

一読のかぎりでは不明であった。タイトルや、冒頭と終わりにかけてを考えると、いくつかの選択肢のある人生の岐路で、それを意識的に人生を回想してみたという感じだろうか。

 

3.総合評価と感想

★★★☆☆

文学として、細部に味わいがあり、全体に詩的な雰囲気が漂うことは理解できるが、作品全体として本当に効果を発揮し得ているのか、再考した方が良いのではないだろうか。今作を論理的に高く評価した人々は、大衆との差別化へ意識を置くあまり、誰も理解しえないゆえに芸術である、という考えになり今作を賞賛しすぎてしまってはいないだろうか? そんな疑問が出てきた。自分自身きちんと読めたとは思えず、理解できない苛立ちのこもった批評になってしまったかもしれない。時間をおいてもう一度再読してみようと思う。

純文学1000本ノック 129/1000 町屋良平『1R1分34秒』

こんにちは。

今回は2019年に芥川賞を受賞した町屋良平の『1R1分34秒』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公は21歳でプロボクサーをしながら、パチンコ店でアルバイトをしている。しかし、デビュー1戦目のTKO勝ち以降、負けが込み、1勝2敗1分という戦績である。そして、また一敗し、トレーナーも交代し、アルバイトもクビになり、人生に絶望的な気分をいだく。その後、新しいトレーナーのウメキチに反抗しながらも徐々に信頼を深め、充実したトレーニングを繰り返し、勝利への思いを強めていく。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

一人称で、ひらがなを多用した文体。思考も低次元なものから高次元なものへ自在に行き来する。それらが独特の雰囲気を生み、主人公の特異性を際立たせてゆく。

(2)構成★★☆

作品のメインは五戦目の前日譚から、六戦目の試合前までである。おおむね時間軸に沿ってはいるのだが、主人公の語りによって時間軸も移り変わるため、ときたまいつなのかわからなくなる。ラストの展開は驚きと失望感があったが、奇妙なことに読後しばらくして心地よい終わりに思えてくる。

(3)論理★★☆

いつも美術館への誘いをしてくるアマチュア映画を撮っている友人や、トレーナーのウメキチなど不思議なキャラクターは多いが、きちんとリアリズムの枠のなかにある。

(4)テーマ★★☆

「若さ」や「青春」、「反抗」、「人生への迷い」などが散りばめられている。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

今回の作家の作品で読んだのは、デビュー作の『青が破れる』と二作目だが、主人公の語りがより濃密になり、作品全体が深まったように思える。

純文学1000本ノック 128/1000 トルーマン・カポーティ『真夏の航海』

こんにちは。

今回は『ティファニーで朝食を』や『冷血』で有名なアメリカの作家『トルーマン・カポーティ』の初期作品『真夏の航海』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のグレディは17歳の女性。上流階級の生まれで、理知的な一方、周囲の習わしについていけず浮いた存在で母や結婚して家を出た姉とも衝突している。夏休みに両親がバカンスへ行き、グレディは一人家に残る選択をする。彼女は誰にも秘密にしている恋人がいた。恋人であるクライドはダウタウンに住む、労働階級の長男で心優しいが粗暴な青年である。彼らは夏を共に過ごし、そのままでは別れる未来を予感して、結婚する。グレディは紹介されたクライドの家族に馴染めず、姉家族の別荘へ行く。そこで妊娠を知る。追ってきたクライドとグレディはニューヨークへ戻るが、めちゃくちゃな心境でマリファナを吸って車を疾走させる。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

三人称で比喩や詩的な表現を多用している。まだ未完成な部分も感じるが、今の事象から大きく飛躍する感性は目を見張るものがある。

(2)構成★★☆

上流階級の娘の火遊びから、結婚と妊娠を経て、事態は深刻になってゆく。

(3)論理★★☆

男女両方の視点で描かれるが、心情もよく研究されており、論理的に疑問に思う部分はなかった。

(4)テーマ★★☆

階級社会のことをベースに、若者の青春や、悲哀の恋と悲劇が描かれている。その意味でロミオとジュリエットの系譜に通じている。

 

3.感想

後半の展開は場面と場面の飛躍を感じるが、それは悪い意味ではなく、流れるように変わっていく。やや幻想的な文体の力が存分に発揮された作品だと思う。

純文学1000本ノック 127/1000 柳美里『JR上野駅公園口』

こんにちは。

今回は芥川賞作家である柳美里の『JR上野駅公園口』です。この作品は全米図書賞を受賞しています。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公はすでに死んでおり、霊体のようなものとして世界を見ている。平成天皇と同じ年に生まれ、故郷の福島から出稼ぎで東京で土方をして、下の兄弟を学校へやり、結婚して子どもを育てた。息子の浩一は皇太子と同じ日に生まれたので、「浩」の一字をもらった。浩一は社会人になる手前で死んでしまう。退職しのんびり過ごそうとしていた矢先、妻にも先立たれた主人公は、世話に来る孫に負担をかけないよう家を出る。ふたたび来た上野駅でホームレスになる。そして自殺する。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

一人称で語りが中心。自らの過去を回想しながら、現在の上野や東日本大地震を霊体として見ている。

(2)構成★★★

現在の世界と主人公の過去が折り重なって構成されている。上野駅のホームの音や息子の死、天皇について繰り返し言及することにより、主人公の内面を掘り下げていく。

(3)論理★★☆

きちんと取材がなされているようで、語りにも十分なリアリティがある。

(4)テーマ★★★

現代の天皇制について、ホームレスという立場になった男性を主人公にして批判的に捉え直している。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

日本の光と闇を照らし出したテーマに深く触れている。語り中心の文体と構成はそれを表現するための手段として、効果的に発揮されている。

純文学1000本ノック 126/1000 ロブ・グリエ『消しゴム』

こんにちは。

今回はフランス、ヌーヴォーロマンの代表的作家ロブ・グリエの『消しゴム』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の特別捜査官ヴァラスは、日本でいう公安のような場所に異動になり、最初の仕事として、政府転覆を目論む巨大組織の連続殺人事件で8人目の犠牲者が出て、地方の街へ捜査に行く。しかし、暗殺人は失敗しており、目標の学者は死んでいなかった。ヴァラスはそのことを知らないまま、難航する捜査のなかで、事件現場にまた犯人らしき人物が戻ってくるという情報を聞きつける。現場で待っていたヴァラスは書類を取りに来た学者を誤って銃殺してしまう。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

三人称でそれぞれの登場人物が物語とあまり関係のない回想なども織り交ぜつつ進行していく。説明はほぼなく、語りと情景や心理、ときたまある濃密な描写により成り立っている。

(2)構成★★★

一般的な小説と違い、多数の登場人物の回想により時間軸が自在に行き来する。リアリズム小説の破壊が目的だということは知っていたが、解説を読むと、よりその重要性がわかった。

(3)論理★★☆

長大で複雑に入り組んだ小説だが、特に疑問に思う点はなかった。

(4)テーマ★★☆

小説全体で従来の小説の破壊を目論んでおり、内容としてのテーマを抽出するのは矛盾しているかもしれないが、捜査がまったく徒労に終わる姿に「個人の無力さ」が描かれているように思える。解説を読むと、それも実存主義から構造主義の変遷に合わせられていたのだとわかる。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

ミステリー小説としての面白さでは、もっといいものがたくさんあるだろう。ただ、従来のやり方を徹底的に破壊した上で再構築に成功したことは比類のないことで、今まで読んだ作品にはない感銘を受けた。

純文学1000本ノック 125/1000 川上弘美『蛇を踏む』

こんにちは。

今回は1996年に芥川賞を受賞した川上弘美の『蛇を踏む』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のサナダヒワ子は、数珠屋のカナカナ堂への出勤途中に蛇を踏んでしまい、その蛇が人間の女の姿に変わり家に居着くようになる。 女は蛇の世界へ来るように誘ってきて、ヒワ子は迷う。徐々に周りにも人間の姿をした蛇と生活している人たちがいることが判明していき、ヒワ子は蛇の女に迫られていく。最後に迫られ、乱闘の末、蛇の世界はない、と言うが、蛇の女は笑っている。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

一人称で装飾の多くない文体。ただ、突然の目を引く一文の使い方や、肉体的感覚のたしかな描写力が光り、全体を緩急のある作品にしている。

(2)構成★★☆

蛇を踏んだことから、一貫して蛇との奇妙な生活に入っていく。序盤で大方の必要な説明は終わらせて最後まで蛇との関わりである。

(3)論理★★☆

最初から最後までリアリズムから飛躍した世界のため、特に違和感が生じることはない。また、蛇を除けば日常がそのまま残っている。

(4)テーマ★★☆

象徴性が高い作品なので、テーマと言われると難しいように思うが、主人公から「生きることのめんどくささ」のようなものは常々感じた。それが蛇の世界=空想世界、あるいは新たな価値観の世界へ旅立つことを受動的に受け入れようとする理由に思える。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

一見して奇妙な作品なのだが、文体は味わい深く、提示された世界がしばらく頭に残りそうである。最近読んだものだと、今村夏子の「むらさきのスカートの女」などはよく似た雰囲気を持っている。