純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 68/1000 若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』

どうも、こんにちは。

 

今回は若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』です。2017年文藝賞を受賞し、その後芥川賞も受賞している本作。

 

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1.ざっくりあらすじ

若いころ、故郷から第一回東京オリンピックのファンファーレとともに東京へ一人で出てきた桃子さん。故郷が同じ周造と出会い、結婚し、子ども二人を育て上げた。しかし、愛する周造に先立たれ、孤独や自分の無価値感から自分の裡との会話が東北弁ではじまる。桃子さんは今まで他人に合わせ、他者のために生きようと思っていたが、その心の根底には、自由に生きたいというエゴがあり、ようやくそれを自認することができる。

 

2.作品解剖

 

(1)文体★★★

タイトルからして特異な印象をもつ東北弁によるどこかリズミカルな文体である。三人称形式で桃子さんを外から見るような形になっている。しかし、その語り手は冷たくも愛情深いものがあり、自分の分身を語っているようである。桃子さんの裡で鳴り響く東北弁が、内面と彼女の作り出した哲学をのびのびと表現していく。

(2)構成★★☆

独りで子供が出ていった家の中に生き、後悔したり立ち直ったりを繰り返す桃子さん。子どもたちとの確執と耐え難い孤独が最後の孫の登場で救われる。そのとき、古来より脈々と受け継がれた血の流れがあることを意識するのである。内的世界を描き続けるため、今現在どこにいるのか、いつなのか、あやふやになることは多い。

(3)論理★★★

東北弁による内的世界の混沌に面食らうが、これが桃子さんの世界であり、本来の姿なのである。そこには一定の論理はあるし、疑問に思う箇所は後から説明されている。実に見事に桃子さんの世界を描き出している。

(4)テーマ★★★

『親』『自分』『愛』『死』『老い』『孤独』などというすでに陳腐ともいえるテーマに真正面から向き合っている。さらにその深みはいっぱしの哲学者にも負けず劣らないのである。日本における「実存」の名付け親である九鬼周造と旦那の周造の名前が一致するのも偶然ではないだろう。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★★

汚い、田舎臭いと形容されることの多い東北弁を、美しい文体に昇華したこと、そして、自身の哲学を自身の根源的な言葉である東北弁でもって描き出したこと。どちらもを兼ね備え作品を完成させた作者には深く敬意の念を感じる。不謹慎かもしれないが、大作家の遺作と言われても差支えがない出来栄えだと思う。作者にはゆっくりと休憩を挟みながらもさらなる飛躍を期待している。