純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 60/1000 古川真人『縫わんばならん』

どうも、こんにちは。

 

今回は古川真人の『縫わんばならん』です。2016年新潮新人賞を受賞し、芥川賞候補にもなった同作。作者は2020年に『背高泡立草』で芥川賞を受賞しています。

 

f:id:yumeyume16:20201103165817j:plain

 

1.ざっくりあらすじ

 長崎の島の一族の物語である。一族が一つの島で繁栄した時代は過ぎ、現在は散り散りとなって、生活している。三人称で描かれており、視点人物は章の度に変わる。最後の第三章では視点人物が入り乱れることもある。人の死、あるいは一族の死(離散)を通して、記憶をたどる行為、なぜ人間にはそれが必要なのか、ということが描き出されていく。

 

2.作品解剖

(1)導入★★☆

‟「もしもし。内山さん? 渡辺やけど、今週は何がいります?」”からはじまる本作。年をとって身体の自由が利かなくなり、孤独に店を切り盛りする敬子の姿が描き出される。作品に通ずる「死」や「老い」などの雰囲気が既にある。

(2)描写★★★

すべての描写が丁寧になされている。とくに作品中幾度となく出てくる追憶する場面は臨場感があり、見事に描き切られている。

(3)内面★★☆

主に独白によって描かれている。

(4)文体★★☆

丁寧な文体が最初から最後まで貫かれている。方言を使用することで平凡な話の展開に対して一族に個別性を付与している。

(5)構成★★☆

主に三人の人物を追う形で一族の全体像、死生観などが浮かび上がっていく構成になっている。三章の多人数視点にはすこし疑問を感じたが、練り上げられた構成だと思う。

(6)論理★★☆

大きな論理的矛盾点はない。

(7)テーマ★★☆

人の死、一族の死、老い、記憶とは何なのか、という話が軸になってくる。ストーリーに面白味はないが、葬儀の酒席における昔話にたいして恐らく作者自身が感じたであろう意味合いを見事に作品として昇華している。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

文章は丁寧で粗がなくたしかな実力のある作者である。一方であまりに普遍的な「老いた女性の身体の痛みや仕事と日常」、「病院への入院と夫と自分の死」、「親族の葬儀」など作品としての面白味にはどうしても欠けてしまうモチーフを選択している。この作品に方言がなかったらどうなってしまったかとも思ってしまう。そのため、まともに読むのには根気が必要である。が、そのモチーフに全力投球した作者には脱帽の思いである。