純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 95/1000 九段理江『悪い音楽』

どうも、こんにちは。

 

今回は文学界新人賞を受賞した『悪い音楽』です。

 

1.ざっくりあらすじ

中学校の音楽教師をつとめる主人公の三井ソナタは、昔から人の心があまり理解できず、浮いた存在である。ある日、偶然居合わせた中学生同士のもめごとから面倒な保護者対応などの仕事を任せられてしまう。その件が終わった後、今度はルームメイトとも相手の気持ちを理解しないことから喧嘩をしてしまい、合唱コンクールの練習では自分の担任クラスの女子生徒から非難され指導の立場から降りる。合唱コンクールの当日、不意におきた地震により、担任クラスの発表が中断された。そこで、ソナタは「大地讃頌」という曲につけた振り付けから大地が地震を起こそうとしていることを気付いて、担任クラスの発表を続行させないで、ひどい教師だというレッテルを貼られてしまう。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

途中にある顔の筋肉や身体の動きなど細部での描写はうまく、全体の進行もなめらかで読みやすい。一方、たまに放り込まれる「エモい」や「バイブス」などの現代語は、作品を通して一定の効果を出しているとは思えなかった。むしろ不用意に感じられ、出すのであればもっと強く、出さないのであれば極力おさえたほうが作品の雰囲気をそこなわないで済んだと思われる。

(2)構成★★☆

全体として読みやすく、主人公や周囲の人物をめぐる過去の話も適度にいれられている。最初の事件からの伏線はもう一歩飛躍させられそうな気もする。「表情筋」や「音」などの要素はうまく出したわりに使い切れていないようにも思えた。

(3)論理★★☆

とくに引っかかるところはなかった。最後の地震の気配を音によって気付く主人公というところが唯一リアリズムから大きく離れた瞬間だと思うが、音に敏感な主人公だったため、あまり違和感なく読めた。

(4)テーマ★★☆

「自己と他者のあいだにある違い」を追及する作品かと思ったが、周りがおもしろい分いろいろと目移りしてしまう感じはあった。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

全体として面白く読めたが、その分、突出していい部分というのが目につきにくかった。設定として、主人公が周囲を見下すように見ていることと(本当は卑下の裏返しでもある)、実際に主人公の環境が高い立場(親が世界的音楽家、ルームメイトがそこそこの画家)にあることもあって、読者としては共感よりむしろ反発をおぼえやすくなってしまうのではないかと思った。こういった孤高の主人公タイプでも、カミュの『異邦人』などはもっとうまく主人公の苦悩を描き出し、読者の共感を得ている気がする。