純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 53/1000 横山悠太『吾輩ハ猫ニナル』

どうも、こんにちは。

 

今回は横山悠太のデビュー作『吾輩ハ猫ニナル』。2014年群像新人文学賞を受賞し、芥川賞候補にもなった作品です。

 

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1.ざっくりあらすじ

中国在住の日本人(おそらく作者)による中国人からみる日本語の難しさ(漢字・ひらがな・カタカナ)について語られ、彼は日本語を勉強する中国人向けの小説を書こうと思う。

日中ダブルの駿(かける)は育った上海を離れ、蘇州の大学に進学した。彼が過去を思い返したり、三毛猫に出会い「先生」と呼んでみたり(吾輩は猫であるの逆)、亡くなった父のいた日本に一人で旅に行ったりする話である。

 

2.作品解剖

(1)導入★★☆

序文は本文の解説のようなものである。本文は‟拉麺がまだ来ない”からはじまる。そこからルビ付きの中国語漢字とひらがなを混ぜた文章が進んでいく。ぱっと見奇想天外で新感覚を受ける。

(2)描写★★☆

論理的でわかりやすく描写されている。単純な描写も中国語漢字のおかげで全く別なものに見えてくる。

(3)内面★★☆

多くは書かれていないが、随所で「坊っちゃん」の主人公のようにコミカルで直情的な心理描写がなされている。作者は夏目漱石が大好きなのだろう。

(4)文体★★★

一人称「自分」で、非常に初期の夏目漱石と似通った文体。が、中国語漢字を用いてカタカナをラストまで用いないことで、見たことのないまったく新しい文体が生まれている。

(5)構成★★☆

語り手の序文、「自分」の現在、過去、三毛猫の「先生」との交流、日本という感じの流れになっている。

(6)論理★★☆

特に首をかしげたくなるような部分はない。ただ、三毛猫を「先生」と呼ぶことについて、コメディの要素があったとしても、あまりにもあっさりと「先生」と呼んでしまう主人公には呆れてしまう。

(7)テーマ★★☆

日中ダブルという複雑なアイデンティティが主人公の根底にはある。が、本作ではそこまで深堀されず、結果、ありのまま生きる猫になるということを考える主人公。中国への親近感と、日本への複雑な憧れとそれを認めようとしない普段の自分があり、それに対する生き方の答えを実際に猫のようになった後に出したということだろうか。ちなみに最後の漱石の一句は見舞いにきた友人との別れで漱石が読んだもの。日本との別れを謳っているのだろうか。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

漱石の初期作品のようにコミカルな雰囲気が作品全体に漂う本作。「猫ニナル」は小さな自分を捨て、ありのままに生きるということだろう。まさに夏目漱石が晩年言っていた則天去私である。日本語を勉強する中国人向け、と言いながら、同時に日本人に中国語を勉強させる文体への挑戦は素晴らしく画期的だった。ただ、このスタイルでこの先いくのか、あるいは、変えていくのか。どちらにせよ、今後他の部分の良さを伸ばしていかなければならないだろう。