純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 54/1000 波多野陸『鶏が鳴く』

 

どうも、こんにちは。

 

今回は波多野陸の『鶏が鳴く』。2013年群像新人文学賞を受賞した作品です。

 

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1.ざっくりあらすじ

高校三年生で受験勉強や恋愛などに悩む杉本伸太は、小中高を共にしたバンドメンバーでもある引きこもりの二階堂健吾への複雑な思いを抱きながら、夜中健吾の家に侵入する。伸太は相手を見下すという方法で、健吾からの精神的勝利を得ようとするが、健吾から本音で話そうという反撃を受けて、次第に本音でぶつかっていく。健吾は伸太の侵入を事前に知っており、それを利用し三年間引きこもりをしている弟の自意識を刺激する作戦を決行する。伸太は最終的に健吾の悩みに寄り添い、自分なりの考えを話す。

 

2.作品解剖

(1)導入★★☆

‟質量のある暗さだ。”という印象的な一文からはじめる本作。暗く重たい雰囲気が漂ういい文章だが、構成を考えるとあまり意味のない文章でもある。

(2)描写★★☆

描写部分は丁寧に描かれている。特に前半の公園での待ち伏せ、部屋への侵入、では非常に効果的に使用されている。

(3)内面★★☆

若者の過剰な自意識を丁寧に描いている。本作全体に共通していることだが、うまい部分と下手な部分の差が激しい。

(4)文体★★☆

熱量があり、うまく表現されている部分は、柔軟な感性で物事の核心を捉えていて素晴らしいものがある。一方で、最初から最後までずさんな表現がつづく。特に前半~中盤の会話文の現代的な口語体を交えた表現は美しさがない。そして全体的にちぐはぐな印象。

(5)構成★★☆

張り込みをしている現在からはじまり、部屋への侵入、会話、弟の暴走、という流れの間に過去の話が入ってくる。部屋のなかがメインとなるのはサリンジャーフラニーとズーイてきな仕掛けで面白い。

(6)論理★☆☆

意識の流れを忠実に描こうとしているため、よほど丁寧に作り込まなければ論理的な矛盾はどうしても目立ってきてしまう。はじめの部屋に侵入する動機から健吾の問題、伸太のキャラクターまでほころびが目立つ。

(7)テーマ★★☆

若者の肥大化した自意識が圧倒的な熱量で描かれている。伸太は直接的に「見下すこと」で他者を介在させて自意識を強化する人間で、健吾は心のなかで「見下すこと」で自意識を強化する人間である。本作では本質的に同質なふたりがお互いに理解を深めていく。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

全体的に稚拙な部分も目立つ本作だが、その根本にあるテーマ性や熱量は他の作品を大きく凌駕するものがあると思う。前半の伸太の意識から、サリンジャーを彷彿させる。後半の長い会話文による手法や、小児性愛に対する憤りなど、作者はよほどサリンジャーから大きな影響を受けているようである。受賞後、新作は出ていないようだが、経験を積み、飛躍した作者の次回作に密かな期待を抱かずにはいられない。