純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 124/1000 村上春樹『1973年のピンボール』

こんにちは。

今回は芥川賞候補になったことのある村上春樹の二作目の長編『1973年のピンボール』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の僕は、大学を卒業後、翻訳会社を友人と興しそれなりに成功している。変わり映えのない日々のなかで、過去を思い起こし元恋人の故郷に行ったり、熱中したピンボール探しをしたりする。同時並行で大学時代の主人公の友人である鼠が青春時代を過ごした街を出る話が差し込まれている。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

僕という一人称で、前半は語りを中心に、後半へ進むにつれて描写の分量が増やされている。突き抜けるような青い空、など手垢のついた表現も目につくが、情景描写がうまく、比喩は独特な雰囲気のあるおしゃれなものが多い。比喩、あるあるをうまく言語化すること、意味は曖昧だがそれっぽいことを書くことに非常に長けている。読み心地がよく当時の日本文学で他に類のない文体だったのだろう。

(2)構成★★☆

前半の語りのうまさが特に光っている。鼠の話をサンドウィッチしていく手法は話の分散が大きく、それほどうまく効果をなしていない気がする。場面転換は非常に多いが、間にきちんと記号を入れているせいかそれほど気にならない。

(3)論理★★☆

一種のファンタジーのような存在として双子などは出てくるが、全く別世界を感じさせるため、論理的に違和感があるということはなかった。

(4)テーマ★★☆

若者のほろ苦い青春を回想し、同時に主人公のもう一つの分身のような鼠は故郷の街を捨てて大人の世界に旅立つ。テーマには具体的に肉薄していかないのが村上文学のやり方なのかもしれない。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

日本文学に新しい文体を創り出した、という意味で高く評価されている理由もわかる。近年の作品よりも全体的に濃縮されていて味わい深いように思えた。

純文学1000本ノック 123/1000 柳美里『家族シネマ』

こんにちは。

今回は1997年に芥川賞を受賞した柳美里の『家族シネマ』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の素美は会社勤めをしながら、同僚の男と付き合いそこに住んでいる。ある日、映画の撮影隊がその部屋にやってくる。映画は妹洋子の繋がりではじまった家族をテーマにしたものだった。とっくに壊れた家族との撮影とともに、仕事を依頼した陶芸家の男と関係を深める。映画の撮影で家族でキャンプに行くが、家族は崩壊している。素美は同僚の男に別れを告げ、陶芸家の男のところに行くが、そこには別な女がいる。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

私という一人称で、描写が主になった文体。細かな描写がうまく、登場人物の行動や回想で面白い箇所が散見される。具体的な時間軸をあまり書かず、唐突に場面転換する。

(2)構成★★☆

撮影隊が突然押しかけてくる出だしの良さが光っている。短い回想を挟みこみながら、家族の像を描いていく。

(3)論理★☆☆

全体的に気を衒ったような設定が多い気がした。映画の撮影をされる流れはどうも納得がいかない。また、会社勤めのはずの主人公が男の家にずっと住んでいることや、父の扶養保険証を使っている?のは設定としておかしい。

(4)テーマ★★☆

映画の撮影を通じて、壊れきってしまった家族を描いている。壊れた家庭で育った子供たちの歪みも随所に出てくる。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

シーンとして面白い部分は多かったが、全体として疑問が多く残り、主人公の反発するわりに映画の撮影に参加しつづける理由もいまいち曖昧で入り込めなかった。

純文学1000本ノック 122/1000 吉村萬壱『ハリガネムシ』

こんにちは。

今回は2003年に芥川賞を受賞した吉村萬壱の『ハリガネムシ』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の慎一は2年目で副担任として高校の教師を務めているが、性と暴力に惹きつけられるエネルギーを持て余し、若者たちがセックスしていた工事現場を覗きにいったりする。あるとき、半年ほど前に遊んだ風俗嬢のサチコから連絡があり、五万円貸す。それから、サチコとセックスをしたり、彼女の子供たちに会いに四国まで旅行に行ったりして不意に結婚の約束をするが、自分の親に会い、その約束を反故にする。サチコは自殺未遂して回復するが、慎一は残虐な気持ちになり、工事現場でサディストなプレイを試みるが、途中若者たちが入ってきて、その中に自分の生徒がいる。慎一は全部終わってしまったと思いながら、サチコが自分を殺しにやってきてもされるがままにする。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

私という一人称で、短文が多く勢いのある文体。サチコの独特な言葉遣いや行動の細部も味わいを増している。

(2)構成★★☆

シーンに力を注ぎ、間の部分は回想などでうまく処理されている。残虐な行為を行いたいと想う慎一が最終的に説教をしていた生徒の一団にいたぶられるのは綺麗な構成である。

(3)論理★★☆

とくに疑問に思う点はなかった。

(4)テーマ★★☆

身のうちから湧き出てくる主人公の暴力性や残忍性をハリガネムシというモチーフに表して表現している。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

夜の世界の住人である、サチコに魅力を感じる一方、見下している主人公。サチコの造形が見事であり、その存在の前には主人公の欲求は小さなものにすら見えてくる。

純文学1000本ノック 121/1000 保坂和志『この人の閾』

こんにちは。

今回は1995年に芥川賞を受賞した保坂和志の『この人の閾』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の三沢は37歳の男で仕事の関係で小田原に来たが、相手にすっぽかされて、近くに住む、大学の一つ上の女の先輩である主婦となった真紀を思い出して電話する。彼女は、おいでよ、と言い、三沢は彼女の家に行く。二人はそこでビールを飲んで話し、草むしりをする。真紀の息子の洋平が帰ってきて三沢はサッカーの話をする。洋平がサッカーをしに行き、再び二人になってビールを飲みながら話をする。真紀は本をよく読むが、特別それを何かに活かすわけでなく読むために読んでいる。娘が帰ってきたところで三沢は帰る。後日、三沢は今は何もない平城京の跡地を見て、真紀を思いだす。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

ぼく、という一人称で、やや読者に向けて説明的な姿勢の文体。セリフもふんだんで軽やかな文体だが、三沢の独特な考察を随所にいれており味わいがある。洋平の動きや草むしりの場面は描写もうまい。

(2)構成★★☆

大がかりな展開はなく、仕事の空き時間の男と数年ぶりに会う一つ年上の主婦という状況だけが設定されており、一見すると作者の意図が介入していないように見える作品。最後の平城京だけ意図的な感じで二人の話を象徴的に表している。

(3)論理★★☆

とくに疑問に思う点はなかった。

(4)テーマ★★☆

存在について、仕事や主婦生活など実質的な部分から、イルカの知能など寓話的なものを含めて探っている作品だと思った。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

軽やかな一方、しっかりと味わいと深みのある文体で、大きなテーマについて身近な部分から掘り下げているように思った。安易に展開に頼らず、文体で魅せていくという意味で非常に純文学的な小説だとも思う。昼下がりに男女が二人で会うことに、一定の期待感を持ちつつも、何もなくとも心地よく読める小説だった。

純文学1000本ノック 120/1000 奥泉光 『三つ目の鯰』

こんにちは。

今回は芥川賞を受賞した奥泉光芥川賞候補作『三つ目の鯰』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のサトルは東京の大学に通っているが、父の死に際して父の故郷である庄内の農家に行く。そこで叔父のマモルとワタルと時間を過ごし、後継者不在の問題があることを知る。ワタルは牧師をクビになり未婚の状態で、見合いをし家を継ぐ流れになるが、サトルと盆に釣りに行く禁忌を犯し、啓示的な驟雨にあい、再び牧師をやろうと思う。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

一人称で、語りと説明が主であり、描写が少ない。『石の来歴』では父子二代による話によるためそういう形式なのかと思ったが、単純にこの形式をスタンダードに使っている様子である。語り口はなめらかで言葉選びや考察の味わいはよいが、陳腐な表現もあり、説明過多で小説としての表現の面白味が損なわれている部分もある。

(2)構成★★☆

「三つ目の鯰」や「父が遺骨を川に流せと言った理由」などの伏線が機能はしているが思ったほどの効果はあげていないように思う。過剰な説明で入れ込みすぎた周辺情報で目線が散ってしまうのが原因かと思う。

(3)論理★★☆

特に気になった部分はなかった。

(4)テーマ★★☆

アニミズムに支えられる家制度とキリスト的西洋思想のぶつかり」を具体的なモデルに置き換えて描いていると思った。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

庄内の山や水田とアニミズムや家制度がうまく混ざりあい雰囲気は十分出ているのだが、文学的な物足りなさを感じてしまった。理論としてはわかるのだが、読後に残るものが希薄で、もう一歩先を表現したものが翌年の芥川賞受賞作『石の来歴』となるのだろう。

純文学1000本ノック 119/1000 奥泉光『石の来歴』

こんにちは。

今回は1994年に芥川賞を受賞した奥泉光の『石の来歴』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公の真名瀬は第二次世界大戦に従軍し、帰国してからレイテ島の洞窟での兵隊との話を思い出し、石集めをはじめた。書店経営と石集めの傍ら、子供が二人生まれ長男は優秀で真名瀬と共に石集めをするようになる。しかし、長男が一人で洞窟に採石に行き、刺殺されてしまう。家庭は崩壊し、次男は叔母夫婦に育てられる。次男はサッカーをしていたが、やがて学生運動のなかで死ぬ。真名瀬は死ぬ前の次男から長男の死んだ日のことを聞き、洞窟に向かい、過去のトラウマと決別する。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

主人公に近い三人称で、冗長さと味わいのある語句を散りばめた文体。語りが主であり、描写が少ないので、描写を主にした長大な作品にもなりうる。ただし、父と子の二代に渡る物語の性質上、話の筋を曲げないようにするには語りが主になるのは仕方がないのかもしれない。

(2)構成★★★

一流のミステリー作品と比しても通用しそうなほど伏線の効力を有効に使っている。

(3)論理★★☆

語りはリアリティが欠如しがちだが、少ない描写の部分で十分な生々しさを作品全体に与えている。

(4)テーマ★★☆

石を媒介として、人間の存在や死生観について奥深く掘り下げている。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

重々しさのある文体だが、語り口はあくまでわかりやすくすらすらと読める。30年近く前の作ではあるが、トラウマや家庭環境による子どもの生育など、優れた観察力が下地となって深みのある作品となっている。

純文学1000本ノック 118/1000 川上未映子『乳と卵』

こんにちは。

今回は2008年に芥川賞を受賞した川上未映子の『乳と卵』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公は東京に住んでおり、そこに大阪に住む姉の巻子と姪の緑子が遊びに来る。巻子は離婚し場末のスナックで働くシングルマザーで、豊胸しようとしておりそのカウンセリングなどもあり東京に来ている。緑子は巻子と喧嘩しないように半年間言葉を発していない。三人は主人公のアパートで過ごすが、巻子がなかなか戻らない夜、緑子がひどく心配し、ようやく帰ってきた巻子が酔っ払って、離婚した旦那と会ったことを話き、喋らない緑子のことを非難する。緑子は感情を溢れさせて巻子と言い合う。

 

2.作品解剖

(1)文体★★★

主に独身の女性である主人公の一人称形式で、関西弁で主人公の思考や考察を随所に混ぜながら読点を多用し、長い一文を作っている。身体感覚の優れた描写と流れるようなリズムがあり、読み心地がよい。主人公の姪の緑子による一人称で悩みがつづられた日記的な文が間に挟まれている。

(2)構成★★☆

現在軸の主人公と、少し前からの緑子のノートが絡みあい、ラストの親子喧嘩の際には、展開とあいまって心をゆさぶるようになっている。緑子の成長がきちんと描かれている。

(3)論理★★☆

特に引っかかった点はなかった。

(4)テーマ★★☆

「女性の性」を成長を緑子の成長を通じて描いているように思った。40手前で女性の性にしがみつこうとする巻子、そのいくつか歳下で淡い妊娠への希望と現実的な性との距離感を保つ主人公、初潮を前に性への嫌悪感を募らせている緑子という三つの立場がうまく表現されて、描かれている。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

関西弁を駆使した文体の力を存分に発揮しながら、女性の性に対する考察を深く抉り出している。