純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 117/1000 今村夏子『むらさきのスカートの女』

こんにちは。

今回は2019年に芥川賞を受賞した今村夏子の『むらさきのスカートの女』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公は街中で笑いや願掛けの対象となっている「むらさきのスカートの女」に興味を抱き友達になりたいと思って観察している。自分の職場に就職するように仕向け、無事に「むらさきのスカートの女」こと日野まゆ子はホテルの清掃員として働き始めるが、彼女は主人公でなく職場の人たちと仲良くなり、しまいには所長と付き合いだす。主人公は日野の追いかけから生じた金銭不足でアパートを追い出され、ホテルの備品を小学校のバザーで売っている。それが問題となり、犯人として日野が疑われ、それを問い詰めにきた所長が日野と揉めるなかでアパートの二階から落ちる。主人公は所長は死んでいるといって、日野に自分と一緒に逃げるように言うが、日野は主人公の物だけ持って一人で消えた。主人公は「むらさきのスカートの女」が使っていた専用ベンチに座り、同じクリームパンを食べる。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

一人称形式だが、最後に一瞬三人称が出てくる。軽やかでユーモラスな文体だが、奥底にある人間の危うさを淡々と描きだしている。

(2)構成★★☆

「むらさきのスカートの女」の徹底した観察が貫かれ、状況は動くが次第に主人公の異常性が際立っていく。最後に本当に主人公は自分が見ていたはずの異常者としての「黄色のカーディガンの女」となる。

(3)論理★★☆

一人称のため、徹底した観察に難しい部分も多かったと思うが、状況設定と主人公の現在地の出し方が巧妙でとくに引っかかるところはなかった。

(4)テーマ★★★

「人間の持つ異常性」、「主観と客観の危うさ」というようなものを感じた。これを読みながらおそらく多くの読者は笑いそうな気分になるが、ラストの展開で人間の怖い部分を突きつけられる。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

文体の軽やかさは『コンビニ人間』を思わせるが、その奥底に眠る危うさは深い。そういった意味でも似ており、一見軽快な文体には滑稽だが深い危うさの表現に適しているのかもしれない。何はともあれ楽しく読める。いい小説だった。

純文学1000本ノック 116/1000 宇佐見りん『推し、燃ゆ』

 

こんにちは。

今回は2021年に芥川賞を受賞した宇佐見りんの『推し、燃ゆ』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のあかりは女子高生で、推していたアイドルの上野真幸がファンの女性を殴ったとして炎上する。それからあかりは今まで以上に推しのために活動するが、自身の発達障害?に起因する問題と推しのことで精神的に追い詰められ、学校を退学になる。バイトもクビになり、亡くなった祖母の家に一人で住むようになるが掃除もままならず、推しの解散ライブに行く。感情の整理がつかぬまま、特定された推しのマンションに向かってみたものの、何もせず家に帰り、発散として綿棒をぶちまけるが、それを這いつくばって拾う。それが自分の今後の姿勢だと思う。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

一人称形式。やや説明過多な部分も見受けられる(推しがモチーフのためある程度は致し方ない)が、Twitterのつぶやきや、ブログ記事など、現代的な物を存分に取り入れつつ、要所での描写は丁寧にされ、頻繁に見られる物事への考察はオリジナルでありながら、読み手に実感として伝わるように言語化されている。

(2)構成★★☆

推し、が中心に来るかと思いきや、活動のきっかけとなった自身の深い生きづらさや家庭環境が深掘りされている。全体の構成としてはやや目移りする部分もあり、細かなところでは時制がわかりにくい部分もあるが、それを気にさせないほどの筆力がある。名前のあるキャラクター数については多すぎると思った。

(3)論理★★☆

とくに引っかかるところはなかった。

(4)テーマ★★★

現代的な「推し」というモチーフの背景に「どのように生きるか」という普遍的なテーマへの問いかけがなされていた。作品全体で安易に「推し」だけの話にならず、そこを深掘りされていた。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

読むまでは口コミなどにより、現代的な「推し」をめぐる軽い話だとたかを括っていたが、読み始めてすぐに地力の確かな作家の作品だと思った。剛腕というのが似合う筆力で、普遍的なテーマを現代的なモチーフに絡めて消化していた。

純文学1000本ノック 115/1000 安部公房『他人の顔』

どうも、こんにちは。

 

今回は戦後作家として絶大な人気を誇る安部公房の『他人の顔』です。有名な『砂の女』しか読んだことがなかったので、私にとって二作目の安部公房です。

 

1.ざっくりあらすじ

勤めている研究所の実験中に爆発を起こして顔一面に深いケロイドを負ってしまった主人公。包帯を顔に巻いて生活するが、他者と正常な交流ができなくなったことを思い悩み、リアルな仮面を作りはじめる。できた仮面は以前の自分とは違う顔にして、妻を誘惑することで、他者との交流を再開しようとする。それまでの経緯を長大な手紙にしたため、妻に告白するが、妻は家に戻って来なくなり、再び仮面を被り、今度は危険な行動に出ようとする。

 

2.作品解剖

 

(1)文体

妻への告白のノートという形式をとり、物語は主人公の語りによって進行する。主人公の意識を投影させた思い込みの激しい冗長な文体。安部公房はやはり描写に良さが際立つ作家だと思うので、やや不満が残った。

(2)構成

文庫本に収録された大江の解説によれば、発表当時、構成への批判が多かったらしい。解剖すると、現在(仮面の殺害後)の主人公→妻に告白のノートを書くそれ以前の主人公(ほとんどがこの部分である)→再び現在の主人公→妻からの手紙→現在の主人公という構成になっている。たしかに告白のノートが現在の主人公やノートを見直しする主人公の追記まであり、二重三重に入り組んでいる。そしてノートが長大すぎて読者はより混乱を極める。書き出しの殺害の匂わせの気合いの入れぶりから見るに、これは構成の失敗と言えるだろう。

(3)論理

とくに気になる点はない。人間を捉える力に非常に長けているので、妻の謎めいた雰囲気もすぐに納得させられてしまう。

(4)テーマ

個人、あるいは人間は、何をもってそこに在る、と考えられるのか?という哲学的な問題を、顔という具体的な物の喪失によって描き出そうとしているように思えた。試みはかなりうまくいっているような気がする。

 

3.感想

カフカ的な不条理の世界を描きだす安部公房の世界観、設定やテーマにおいてそれが存分に発揮されながら、やはりいまいち作品全体として良く思えなかった。卓越した描写力を活かし、構成を修正すれば、この作品も世界に羽ばたいていく作品だったように思える。

純文学1000本ノック 114/1000 トルストイ『クロイツェル・ソナタ』

どうも、こんにちは。

 

今回はロシアの文豪トルストイの性を描いた中編作品『クロイツェル・ソナタ』です。トルストイは道徳的な作品の『人はなんで生きるか』しか読んだことがなかったので、テーマの違いにおどろきました。

 

1.ざっくりあらすじ

二昼夜におよぶ列車旅行をしていた主人公は、車内で思いがけぬ愛や結婚についての論争に出会いそれに参加する。論争は結婚観の古い老人が出ていくことで収まりかけるが、ポズドヌイシェフという紳士により、蒸し返される。彼が妻を殺害したことを告白し周りの人は離れていくが、隣の席だった主人公は彼からどうして妻を殺すに至ったのか、肉欲と愛と憎しみに満ちた告白を聞く。

 

2.作品解剖

 

(1)文体★★☆

現代でいうキャラクター化が上手くなされ、それぞれの特徴や感覚をとられた表現が随所にみられる。作品のほとんどはポズドヌイシェフの語りによって進行する。

(2)構成★★☆

現代におけるエンタメ的な結論を引き伸ばす効果を使い、ポズドヌイシェフの告白がどんどん真剣さを帯びてくる。

(3)論理★★☆

ポズドヌイシェフは長大すぎる異常な語りを展開するが、彼は最初から妻を殺した精神疾患風の男であることからリアリティは欠如しない。

(4)テーマ★★★

夫婦間における『愛』を冷酷なまで徹底的に男性の肉体の欲望に基づいて描いてる。いつの時代にも通用しそうな真理のカケラが詰まっているように思う。

 

3.感想

ドストエフスキーといい、ロシア文学は語りによる昂揚感を最大限に利用していると思った。それにより感情の細かな部分まで掬って捉えている。個人的には『人はなんで生きるか』からの愛の変遷を知りたくなった。

純文学1000本ノック 113/1000 年森瑛「N/A」

どうも、こんにちは。

久しぶりに開きました。その間本を読んでいなかったわけではないですが、ファンタジーものだったりしたので、今回です。

 

今回は文学界新人賞を受賞した年森瑛の『N/A』です。

 

1.ざっくりあらすじ

主人公のまどかは、初潮を経験してから生理が嫌でたまらず、痩せすぎの場合こないこともあると知り、食事量を極端に減らした。高校生になってからもそれは変わらず、まどかという一個人として、恋愛などでも世間の流れにそわずに生活しようとするが、なかなかうまくいかないこともおおい。自分が世間の流れのなかにいることを知り、自己嫌悪しながらも、ふたたび訪れた生理のとき別れた女性に助けてもらい、かけがえのない他人の可能性をふたたび感じる。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

三人称的一人称形式である。固有名詞がおおく、作品のリアリティと現代性をあげる効果をだしている。作品全体の雰囲気はそれとリアルな高校生という設定もありライトになっている。ところどころの物事への考察がよく吟味された言葉で非常にうまい。

(2)構成★★☆

トラウマ的な過去からはじまり、要所で過去を挟みながら進んでいく。オーソドックスな形式だが回想への違和感はまったくない。また、主人公がお手本を求める世間にたいする嫌悪感を持ちつづけ、最後にその感覚が自己嫌悪と気づきに変わる展開は見事だった。

(3)論理★★☆

とくに引っかかるところはなかった。友達や恋人にLGBTだと勘違いされてしまう場面では、ちゃんと話せばいいのに、とツッコミをいれたくなったが、主人公の性格とラストでの気づきから溜飲が下がった。

(4)テーマ★★★

LGBTやコロナ、女性の性など現代的なモチーフを散りばめながら「世間の流れとそれへの個人としての違和感」を徹底して見つめる眼差しがあった。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

終わりよければすべてよし、というがこの作品を読み終わるとその言葉を思い浮かべた。最初は軽い雰囲気と自己を反省しない主人公の傲慢さが目についたが、軽さは作品のもつ味わいになり主人公は気づきを得るという尻上がりの展開で幕を閉じる。見出しているテーマ性もよく、目立つものに手をつけたかに見えたモチーフもうまく消化しきれているように思えた。

純文学1000本ノック 112/1000 大江健三郎『われらの時代』

どうも、こんにちは。

 

今回は日本人二人目のノーベル文学賞作家の受賞した大江健三郎の二作目の長編小説である『われらの時代』です。

 

1.ざっくりあらすじ

 南靖男は、仏文科生でありながら同学年の左翼運動は現実的でないと嘲笑しながら、中年の情婦の頼子と性交をつづける自己嫌悪に満ちた毎日を送っている。弟の滋(しげる)は『不幸な若者たち(アンラッキーヤングメン)』というトリオバンドを組み、毎夜出演するライブハウスの地下倉庫に住んで生活している。頼子は妊娠に気付きながら靖男に明かせずにいる。ある日、靖男のもとに電報が届き、かすかな希望をもっていたフランス行きの懸賞論文に入賞する。靖男は頼子と今の生活を捨て、フランスに脱出することを決める。時を同じくして、滋は爆弾事件未遂から発展したバンド内での行き違いからバンドメンバーの二人が根性比べの手りゅう弾によって死んでしまう。靖男はフランスの植民地化されたアルジェリアに住むアラブ人留学生と話し、連帯することを決めるが、事件後の滋と会い、かくまおうとする。その途中、滋は警察に捕まることを恐れ、逃げようとして死に、靖男は警察署でフランス大使館職員から、アラブ人と協力しない旨言われる。靖男はそれを断り、フランス行きが閉ざされる。絶望した靖男は自殺という行動だけが唯一の道だと思いながら、あたりに自殺できる可能性が沢山あることを確認する。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

三人称で、靖男の視点を主に、滋、頼子、高、康二(高とともに滋のバンドメンバー)という五人の視点を行き来する。意欲的な試みではあるが、読んでいてわかりにくい部分があり、靖男の一人称か後の三人は消した方がうまくいったように思う。この他にも詩的な表現は残しつつ直接的で卑猥な性的表現を多用するなど、デビュー直後との変化を感じる文体となっている。

(2)構成★★☆

必然性と偶然性をあわせ持っている構成になっており、ラストのセリフのためにあきらかな作為が出てしまったのは残念に思うが、それでも見事な流れを作っている。

(3)論理★★★

膨大な物事を処理していても、感情や展開の論理が欠如することなくつむがれていく。その点に大江がもつ圧倒的な地力を感じる。

(4)テーマ★★★

「植民地的土地とそれ以外の抗争」「行き場のない力を持て余した若者」など今作はあきらかなテーマをもって挑んだもので、大江が今までしてこなかった明らかな言語化を試みたように思える。しかし、言語化しすぎてしまうと言語に縛られ、表現としての力が減衰してしまうという神話を打ち破ることはできなかったように思う。

 

3.総合評価と感想

総合★★★★☆

人称や言語化するあまり軽薄になってしまう言葉など、いくつかの傷があるにしても作品として高いレベルに存在しているのは間違いないだろう。

大江が左翼的な人物であるとばかり思っていたので、右翼的な若者たちの倒錯した熱情をいきいきと伝える今作に驚いた。大江自身が言うように彼のなかにはアンビバレントな(矛盾した)自我が潜んでいるのだろう。

純文学1000本ノック 111/1000 須賀ケイ『わるもん』

どうも、こんにちは。

 

今回はすばる文学賞を受賞した須賀ケイの『わるもん』です。

 

1.ざっくりあらすじ

 主人公の純子は、ぼんやりしていて近所の子どもたちから馬鹿にされている。ある日、純子以外の家族みんなに疎まれていた父が家から追い出される。純子は父の不在を徐々に理解していき、母から父との伝言係を頼まれる。純子の年齢が二十八歳であることが明かされる。父の仕事中の姿をみた純子は父が外ではきちんとしていることを知る。父のいなくなった家は荒れていき、やがて父は戻ってくる。母が純子の描いた絵を見て賞に応募すると、賞状が贈られてきた。

 

2.作品解剖

(1)文体★★☆

純子による三人称的一人称で、分からない言葉も多い。知的障害のある人の目線で自由に飛び交う思考を描きだしている。

(2)構成★★☆

中盤まで純子が子どもであると読者がミスリードするようにつくられている。レーズン、父、わるもん、という三つが最後に概念を覆すように構成されていて、うまいが、やや小説的にうまくまとめすぎているように思える。

(3)論理★★☆

二十八歳になるまで親が純子の絵を見ていなかったことなど、やや論理的に問題に思える部分はあるが、そこまで気にならなかった。

(4)テーマ★★☆

ある物事の別側面をとらえる、というところに重きを置いているように思えた。そして、その試みはうまくいっていると思う。

 

3.総合評価と感想

総合★★★☆☆

作中で悲しいこともあるが、純子のフィルターを通すことにより世界はきれいに見える。文体の奇妙さと、構成のまとまりがある、完成度の高い作品だと思う。伏線が最後にきれいに回収されすぎている感じはあるので、文学的な余情は残しつつやりすぎないともっといいように思った。