純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 88/1000 石川淳『焼跡のイエス』

どうも、こんにちは。

 

今回は無頼派の一人と言われた石川淳の短編『焼跡のイエス』です。

 

1.ざっくりあらすじ

規制前最終日に上野の闇市を通った主人公は、屋台にいる女の肉づきのいい足に見惚れている。隣のイワシ屋に一人の身なりの汚い少年があらわれ、追い立てられる。少年の堂々とした所作と周りがその汚さから近づけないことから、主人公は少年をイエスのようだと思う。少年は主人公が見ていた女の足に抱きつく。姿勢を崩した女は主人公の方へ来て、主人公は欲を持って受け止めるが転んでしまう。一瞬の間に少年はいなくなり、主人公も当初の予定を果たすため上野山に登る。途中で振り向くと少年が追いかきていて、その姿はイエスではなく獣のように見える。人気のない場所で主人公は少年に襲われる。主人公は少年を組み伏せるが、その汚れにまみれ苦しむ顔を見て再びイエスだと思う。その隙に少年は財布とパンを取り、逃げていく。翌日、主人公は規制された闇市を見に行くが、人気もなく少年に噛みつかれた腕の傷がなければ昨日のことが夢のようだと思う。

 

2.作品解剖

(1)文体

一人称で、読点によってつなげられた長い一文に五感による表現が多く使われ、戦後の市場のにおいや少年の映像が浮かんでくる。目線は決して奢ることなく、太宰のように自分を卑下して一般市民より低いようなところにおいている。

(2)構成

生臭い市場、獣のような少年に襲われて少年がイエスに見える場面、空洞になった市場、という順序。現実から非現実の手前まで落ち、ふたたび現実に戻ってくる。

(3)論理

厳密に考えると少年の存在は怪しいが、まったくリアリティを失わずに迫ってくる。

(4)テーマ

不明。非現実的だが現実にあらわれた少年を通して神を感じることかもしれない。戦争で規律にまみれていた人間社会のあまりの変容に対する揶揄も見える。

3.感想

小説世界をいかに構築するか、という問題の先鋭的な試みがあるように思える。リアリズム中心の日本文学のなかで、リアリズムを手法としながら幻想世界も描いた作品である。弟子入りした阿部公房がその集大成的な作品をつくったのも理解できる。