純文学1000本ノック

ただひたすらに純文学の読書感想を並べていきます。

純文学1000本ノック 5/1000 カズオ・イシグロ『日の名残り』 本物の執事が見た「品格」

 

コロナウイルスさん、こんにちは。

順調に感染者を増やしているようで、その怖さとともに家にこもっている僕は「家にこもる」ことの許しが得られるようで複雑な心境だよ。

 

今回は日系イギリス人(ほぼイギリスで過ごしている為、その呼び方が相応しいのかは置いておいて)のカズオ・イシグロによる名作『日の名残り』を読んだよ。

 

「品格」とは何か。このテーマはこの作品の主題では無い。ただ、この物語の主人公(スティーブンス)の人生、少なくとも物語の途中までの主題ではあったのだろう。

彼の言葉を借りれば「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力」であり、こと自ら極めた執事職に置いては、その身に着いた執事というスーツを公衆の面前で脱ぐことは無く、それは自分が完全に一人でいるときに脱げるものなのである。平たく言うならば、プロであるものがどんなことがあっても動じずそれを貫くことが「品格」だと言えよう。この定義は物語の後半に猛烈な矛盾となって現れてくるのである。

 

1.読後感

 

大人しい残暑の夕暮れのような気分になった。そこには円熟し燃え上がった夏が終わり、自らの燃え上がりへの反省とこれから訪れるほの暗い秋を思わせる哀愁が漂っている。物語自体は現実と過去をスティーブンスの回想という形でユーモアを交えながら何度も何度も行き来し、徐々に過去と彼の現在、そして過去の過ちが明らかになっていく。

 

2.ザックリあらすじ

 (1)新しい雇い主ファラディ様

彼はアメリカ人実業家で3年前に亡くなったダーリントン卿の屋敷と召使をそのままに購入した(彼についてはスエズ危機の際の武器商人では無いかなど様々な憶測が出ている)。スティーブンスはそこで15年以上執事を務める紳士である。ファラディはスティーブンスにしばらく屋敷を離れる為、自身のフォードを使い旅行に行くよう勧める。スティーブンスはちょうど過去の優秀な女中頭から手紙が来ていることから彼女のスカウトを兼ねて旅に出る。

(2)旅と過去

旅の中でスティーブンスは女中頭のミス・ケントンを思い出しながら、かつての自分自身の活躍や思い出に浸っている。その中で徐々にミス・ケントンと彼の間には仕事以上の繋がりがあったこと(スティーブンスはハッキリと気付いてはいないが)明らかになっていくのである。

(3)ダーリントン卿の失敗 

ティーブンスはかつて仕えていたダーリントン卿について決して悪いことを言わないし、思うこともせず完全に崇拝している(行動についてではなく彼の信念や考え方について)。しかし、正義と公正を愛する紳士であったダーリントン卿はかつてナチに騙され、ナチが勢力を広げることに加担してしまった。それについて、現在では色々なことが言われているのである。スティーブンスは旅の途中でもその話をされないようにダーリントン卿に仕えていたことをあまり公にしたがらない。

(4)ミス・ケントンとの再会

ミス・ケントンはスティーブンスへの手紙に書かれていたように落ち込んでいる様子もなく、近々産まれる孫のことを想い幸せであった。話している中で彼女はスティーブンスにはじめて直接的に想いがあったことをこぼす。

(5)夕暮れの桟橋にて

 

ティーブンスはミス・ケントンと別れ、 旅の最後で海辺の桟橋のベンチに座っている。彼に話しかけてきた男と話し、これまでの仕事やミス・ケントンとのことを思い出し泣くと慰められ「夕方が一日で一番いい時間なんだ」と言われる。スティーブンスの心は徐々に落ち着き、悲しみの中、前を向く。

3.魅力

古典的な喋り口調に戸惑いながら読み進めていくとその魅力がふんだんにあふれてきた。大きくは過去と現在を自在に行き来する文章の見事な構成、極めてプロ意識の高い執事のスティーブンスの品格などである。細かく見ていくと、スティーブンスの真面目すぎるが故のユーモア、社会情勢を反映した会合などの構成、旅の景色や想いの描写、さらにはミス・ケントンとの絶妙な想いの描写など随所にあふれている。最も皮肉的なのは彼の言う「品格」が果たして彼の主人であるダーリントン卿にもあったのだろうかということである(彼は必ずあると言うであろう)。事実スティーブンスの目線に立つと大いにあるように見える。しかし、スティーブンスは執事のプロであったが、ダーリントン卿はアメリカ人のルーイスが言うように首を突っ込んだ政治のプロでは無かったのである。そのことは恐らくスティーブンス自身の心のどこかで漂っているもやのように彼にこびりつき続けるのであろう。

 

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