純文学1000本ノック 58/1000 三国美千子『いかれころ』
どうも、こんにちは。
今回は三国美千子の『いかれころ』です。2018年新潮新人賞を受賞し、2019年同作で三島由紀夫賞も受賞しています。
1.ざっくりあらすじ
四歳の奈々子を主人公とし、未来の奈々子が語り手となって物語は進んでいく。奈々子がうまれた杉崎家は古くからの因習が色濃く残る村にあり、杉崎家の者たちもその呪縛に縛られながら、あるいは誇りにしながら生きている。女児の目線で本家の女たちの噂話を盗み聞きしたり、それについて考えたりする。奈々子が信頼している、心優しくも精神を病んだ叔母は結納金を払って婚約させられるが、破棄してしまう。癇癪持ちで精神の安定しない母の久美子と、口だけでうだつのあがらない父の隆志は本家から大きな家を与えられて分家したが、それは旧来の因習と共に崩壊していく。
2.作品解剖
(1)導入★★☆
‟土曜日が来ると母は必ず自転車の後ろに私を乗せて出かけた”からはじまる本作。母と向かった本家での女たちの叔母の結婚にたいする会話から、日本の昔の一族の濃いつながりが現れる。
(2)描写★★★
描写は丁寧で、女児の目線で研ぎ澄まされた五感が存分に発揮されている。イエの崩壊という重苦しいテーマのなかで、描写の美しさから不思議なあたたかさが滲みだしてくる。
(3)内面★★☆
奈々子の子どもなりに見える大人たちの汚さもあり、意味を理解した現在の奈々子の考えもときおり姿を見せる。内面は直接的にあまり描かず描写によって見せている。
(4)文体★★★
奈々子の幼く無垢な器に入ってくる様々な出来事がみずみずしい文体で描かれている。また、河内弁と農家独特の言い回しが作品の強烈な個性を確立し、作品全体に奥行きが出来ている。
(5)構成★★☆
四歳の奈々子が話の主軸であり、そこに登場人物たちの身の上話が過去や未来関わらずに挿入される。作品のクオリティは高いが、誤読してしまう人がいそうではある。
(6)論理★★☆
大きな論理的矛盾点はない。叔母の志保子が結婚を断った理由のみが私には不明なままだった。マーヤの死を看取るためだったのか、因習から逃げたかったのか。
(7)テーマ★★★
古い日本に流れ続けていた一族の因習をとくに女性の目線で追いかけた本作。河内弁や農家としての詳細な描写で、その姿はより立体的になっている。
3.総合評価と感想
総合★★★★★
読み進めるたびに、おもしろいなあ、という言葉がつい口からこぼれてしまった。新人賞受賞ということで新人であることは知っていたが、それを疑ってしまうほどの作品の完成度の高さがあった。「いかれころ」の導入部分については、よりよいところがあったのではないかと思ったが、そんなことはどうでもよく思えるほど素晴らしい作品である。